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神戸地方裁判所伊丹支部 昭和56年(ワ)98号 判決 1984年4月25日

原告 森秀徳

右法定代理人親権者父 森弘

同母 森陽子

右訴訟代理人弁護士 田中久

被告 伊丹市

右代表者市長 矢埜與一

右訴訟代理人弁護士 秋山英夫

右指定代理人 米家弘造

<ほか一名>

被告 甲野花子

<ほか一名>

主文

一  被告らは、連帯して原告に対し金五八四万一〇〇一円及びこれに対する昭和五五年一二月一日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  第一項につき仮に執行することができる。

事実

一  請求の趣旨

(一)  被告らは連帯して原告に対して金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一二月一日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  第(一)項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求原因

(一)  当事者らの地位

(1)  被告伊丹市(以下被告市という)は、同市内に伊丹市立東中学校を設置し、その管理をしているものであって、同校職員の使用者である。

(2)  原告森秀徳(昭和四三年二月二九日生れ、以下原告という)は、昭和五五年四月より被告伊丹市の設置せる右中学校に在学し、同年一一月当時同校一学年に在籍していたものである。

(3)  被告甲野太郎及び同甲野花子は、当時右中学校一学年在籍の生徒甲野一郎(昭和四二年六月一三日生れ、以下甲野という)の親権者父母である。

(4)  訴外湧川松一郎は当時同中学校の校長の地位にあったものである。

(5)  訴外古賀純二(以下訴外人という)は当時同中学校の体育指導教諭の地位にあったものである。

(6)  訴外永沢譲は当時同中学校の教諭にして前記生徒甲野一郎の担任教師の地位にあったものである。

(二)  事故の発生(暴行と傷害の結果)

(1)  訴外人の殴打行為

1 原告は昭和五五年一一月一九日平常通り健康な状態で登校し、同日午後三時三〇分過ぎ頃その日の全授業を終了した。

2 原告は、右下校前、同じクラスの七名の生徒とともに、訴外人に教員室に呼ばれ同日挙行された自習時間の履習方法について尋ねられた後、他の三人の生徒とともに訴外人に同校体育館に引致されたうえ、同教諭よりすもうの「ぶちかまし」のような方法で一名づつ数回にわたって投げとばされる等のいわゆる体罰を受けた。

3 訴外人はこのようにして原告を含む四名の生徒を一たん解放したあと、右生徒の一部が笑ったという理由で生徒の一人(宇津崎)を殴打するに及んだ。

4 この時、原告自身は笑った事実はなかったので、解放された他の生徒に従って同校体育館出入口の靴脱ぎ場に赴き、中腰の俯いた姿勢で靴ひもを結んでいたところ、やにわに訴外人が右足で原告の右横腹付近を強く足蹴りにした。

このため原告は、その場に前のめりの姿勢で左手をついて転倒した。

原告は、ようやく自力で立ち上がったところ、さらに同人の左こめかみから左耳及び左顔面付近(以下単に左耳顔面付近という)を右訴外人より平手打ちで一回強く殴打される暴行を受けた。

5 原告は、右訴外人に殴打された時、転倒してようやく立ち上がったばかりで、身心ともに一瞬虚脱状態の無抵抗な態勢であったのを突如予期しない暴行を受けたものであったため、その殴打による衝激は大きく、その際直接殴打された部位(左耳顔面付近)並びにその正反対側の右耳及び右こめかめ付近に耳鳴りを伴うしびれを一時感じた。その直後原告が再び下校のため靴ひもを結ぶべく俯いた際にも、右内耳から右こめかみ付近にかけて再び一瞬「ジーン」と走るような激痛を覚えた。

6 そして帰宅後も、原告が直接殴打された左顔面付近は、加害者である訴外人の手形の跡がはっきりと赤いあざとなって残っていたものである。

(2)  甲野の殴打行為

1 原告は、前記事件のあった翌昭和五五年一一月二〇日、午前七時頃起床し、登校の際自宅玄関で靴ひもを結ぶため下を向いた時、一瞬右耳奥からこめかみにかけて再び前日の殴打直後に覚えたのと同じ痛みを感じたが、一時的なことであったのでそのまま登校した。

2 原告が同日同校において第四時限目の授業を受けたあと自クラスの教室内で休憩していたところ、突然同校一年六組の生徒である甲野が三、四名の他生徒を引きつれて原告らの教室に押しかけ原告を同教室より連れ出したうえ、原告の身体を付近の階段の手摺に押しつけ、前日午後訴外人より殴打されたと同じ左耳付近顔面を正面から平手打で一回強く殴打した。

3 原告は、右殴打された際、一時左耳付近にしびれを感じたが、ほどなく下校までにはそのしびれもおさまったので、そのまま同日の全授業を終えて帰宅した。

(3)  原告の右耳失聴及び継続的な耳鳴等の被害発生(発病)

1 原告は、同年一一月二一日、午前六時三〇分頃起床したが、その折右耳に継続的な耳鳴の症状を感じ、右耳の聴力にも異常のあることに気付いた。原告はその旨を原告の母(森陽子)に告げ体温を計かってもらったが三六度五分の平熱であったので、一時的な症状でやがて時間がたてば自然に収まるものと考えて、そのまま登校した。

2 原告は、登校後、同日第一時限目の音楽の授業を受けたが、その際原告ら生徒の吹奏する楽器(笛)の音が原告の右耳に全く聞えていないことがはっきりと確認された。そして第三時限目の授業のころからは、単に右耳の耳鳴と失聴症状に加えて、目まいや体のふらつきを覚えるようになった。

3 その後原告は、第四時限目の授業途中頃より前記右耳の耳鳴の程度が一段と昂進し、これに伴ない強度の目まいと吐気等の外観上も顕著な症状を呈するに至ったため、一時授業を中途退席して同校保健室で応急手当を受けたが、前記症状は収まらなかった。原告は保健室でも体温を計かってもらったが、平熱であったので再び教室に戻された。

4 しかし、その後も原告の右耳の症状、目まい、吐気は増々悪化する一方であり、第五時限目の授業のころには、原告は自席に正面を向いた姿勢で着席して正常に授業を受けることさえ不可能な状態となり、自席の机に顔を伏せて前記右耳鳴、目まい・吐気を耐え忍ぶのが精一杯であった。そして、第五時限目の授業終了直後同校洗面所で繰り返し激しく嘔吐し、歩行に際しても何かの支えなしには直進歩行しがたく平衡感覚にも明らかに異常を来たしていることが判明した。

そこで、原告は、同日の第六時限目の授業を放棄し、同人の所持品を友人に携帯してもらって下校した。

5 原告は帰宅後直ちに床に就いたが、身を伏したまま体をわずかに動かすだけで激しい目まいにおそわれて、吐気を催し、何回となく嘔吐を繰り返し、その夜はほとんど睡眠をとることが出来なかった。

(4)  入通院治療に至る経過

1 原告は、前記(1)及び(3)の経過ののち、同年一一月二二日午前、伊丹市立病院(市立伊丹病院、以下単に市民病院という)において前記症状につき診察を受けたところ、極めて重度の脱水症状のため身体の衰弱が著しく危険な症状であったので、直ちに入院加療の必要ありと診断され、その場で同院小児科病棟に入院する結果となり、同所において数日間にわたり(同月二二日から二六日まで)、点滴等の保存治療(五〇〇ccの点滴液を連続して一〇数本余施用)を受けた。

2 しかしながら、この間原告の目まい、嘔吐が軽快せず、また右耳鳴・右耳失聴・平衡感覚障害の異常などの症状は一向に収まらずかえって悪化さえするおそれがあったので、原告は右入院中途より同院の耳鼻科において小川医師(阪大附属病院より出向)の診察治療を受けることとなり、さらに同年一一月二七日には右小川医師の勤務する大阪大学医学部附属病院(以下単に阪大病院という)耳鼻科病棟に転院する措置をうけ、同所で同年一二月二七日まで引き続き入院治療を受けた。

3 しかしながら、原告の前記各症状のうち右耳失聴及び右耳の耳鳴の症状はほとんど回復せず、退院後も翌年の昭和五六年三月頃まで各種の通院治療を受けたが、その効果なく、ついに後遺症として残るに至った。

(5)  本件殴打行為と本件傷害の結果との関係

1 原告は、本件殴打による事故発生以前は身心ともに健康な状態にあり、右事故前に本学年を本件事故にみられるような病気で休学した事実もなく、ましてや普段から右耳等の聴力障害及び耳鳴り等の病状を経験した事実もない。

また、前記各殴打行為以前に加害者以外の者から左右の耳及び顔面部分に暴行を受けた事実はなく、いわんや原告自ら誤って同部位を強打するなどの衝撃を受けた事実も全くない。

2 また、本件事件当時、原告がビールス性疾患や悪性の脳腫瘍その他の血液性の疾患等の病因もなかったことは、入院した前記阪大病院等における各種精密検査でも明らかとなっている。

3 原告の本件殴打行為直後の病状は、前記(1)及び(4)の通り、右耳鳴、右耳失聴、目まい、吐気、平衡感覚障害が主なものであり、このうち、目まい、吐気については発病後約一ヶ月にして軽快の方向に向った。

(イ) しかしながら、右耳の「耳鳴」については依然として金属性の異常な高周波音が右内耳内に終日間断なく後遺症として残存し、その肉体的・精神的苦痛は生涯にわたり甚大なものであるばかりか、前記右内耳における金属性の高い周波の体内自己騒音により、健全なはずの左耳の聴力機能自体も機能的に著しく低下するという感音性障害を蒙っているものである。

(ロ) また右耳の失聴も後遺症として残り、その症状の程度は、人が原告の右耳殻に直接接して大声を発してもこれを(音感として)感じて解することが全く出来ず、補聴器を使用しても全く効果のないものであって、原告は、実質上右耳の聴力を全く失ったと見てさしつかえないものである。

(ハ) 原告は以上のような聴力障害のほか、発生音源が原告の身体の前後左右のいずれの方向から伝播して聞えて来るのかの「音の方行性」の正しい判断が著しく困難となり、すべての音が原告の前方からのみ聞えるようにしか感ぜられないという聴力上の機能障害を生じているものである(具体的には、原告の後方ないし右側からの自動車の警笛や人の声が聞えにくいばかりか、仮に左耳から屈折伝播して聴取できたとしても、その警笛ないしは人声はいずれも前方からの発生音源のように原告には感ぜられるので、前後左右のいずれに発生源があるかは、後を振り返るなど視覚に訴えるほかなくなっているものである)。

4 さて、右記原告の右耳聴力障害は、医学上は突発性失聴ないし高度難聴性障害と総称されるものであって、原告の治療診断に当った耳鼻科医師等の説明によれば、その原因として(イ)脳腫瘍やてんかん、(ロ)その他のビールス性疾患、(ハ)殴打等の衝激によるものに臨床上大別され、診断に当っては、脳波及び血液、ビールス等の精密検査により(イ)、(ロ)等の要因を一つ一つ消除しながら適切な治療をするものとされている。そこで原告に対しても、阪大病院等において(イ)、(ロ)の病院の精密検査がなされたが、原告には前記(5)の2に述べた通り(イ)、(ロ)のような疾患はなかったものであり、従って残るは(ハ)の衝激による失聴ないし高度難聴等発病の蓋然性が最も高いと考えるのが相当である(この場合、外耳、中耳の損傷のほか、内耳の器管及び聴神経の損傷が原因となることがあり、原告については各種の精密検査の結果右耳の外耳、中耳には特に異常がなかったものである)。

5 そこで、以上の客観的事実等を前提に、本件殴打行為相互間及び原告の発病との時間的近接性、殴打部位の場所的同一性ないし近接性、各殴打部位と聴覚障害との医学上の関連性等を勘案し、これに事故前の前記1の良好な原告の健康状態及び訴外人及び甲野以外の第三者による殴打・衝突等の事故のなかった事実等を客観的に総合判断すれば、原告の前記後遺症等の発病は、右両訴外人の殴打行為による衝激が主要な原因となっていることが明らかであるから、本件発病と右両訴外人の暴行との間には相当因果関係があるというべきである。

(三)  被告らの責任

(1)  被告市の責任

1 訴外人(教諭古賀純二)の不法行為について

被告市は、その設置管理に係る同市立東中学校の教師の地位にある訴外人において公共団体としての同市の公権力を行使するにつき故意に原告に本件不法行為に及んだものであるから、原告の蒙った損害につき国家賠償法第一条一項に基づく損害賠償義務がある。

仮に然らずとするも(仮に右訴外人の行為が公権力の行使に該当しないとしても)、民法七一五条所定の使用者責任に基づく損害賠償義務がある。

2 生徒甲野の校内暴力行為について

(イ) 訴外湧川松一郎は、当時伊丹市立東中学校々長の地位にあって同校の設置管理者である被告伊丹市に代って同校教職員の教育事務(及び同校生徒を)指導・監督すべき立場(民法七一五条二項、七一四条二項)にあった。

(ロ) また訴外永沢譲は、当時右校長の指導・監督のもとに同校一学年六組の生徒である甲野一郎の担任教師の地位にあって、同生徒を直接指導・監督すべき立場(民法七一四条二項)にあった。

(ハ) しかるに、右両訴外人は、かねてより同校内の生徒間における暴力行為の発生の事実を知りながら、本件事故の発生を未然に防止すべき右各指導・監督義務を怠り、漫然とこれを看過して時宜を得た適切な具体的措置を講じなかった過失により、前記本件事故(暴行による傷害の結果)の発生を招来しこれを未然に防止しえなかったものである。

(ニ) よって、被告市は原告に対し、同中学校の設置管理・使用者としてその監督下にある右各公務員の職務上の右過失行為により生じた結果につき、その損害を国家賠償法一条により賠償する責任がある。

(2)  被告甲野花子らの責任

1 本件原告の被害は前記第二項記載の事実に基き、被告らの実子甲野一郎らの暴行によりその損害を惹起せしめたものであるところ、右甲野は右行為の当時一三才五ヵ月(同中学校一年生)にして当該行為の責任を充分弁識する能力がなかったものである。そこで、右甲野一郎の親権者である被告らは、民法第七一四条一項の法定監督義務者として原告の蒙った前記損害を賠償する義務がある。

2 仮にしからずとするも(仮に甲野に責任能力がある場合でも)、被告らは民法七〇九条により、親権者としての監督義務違反にもとづく損害賠償義務がある(最判昭和四三・三・八民集二二・三・五五一)。

(3)  被告らの共同不法行為責任

被告らは、前記原因行為(殴打行為)間及びこれにもとづく右結果の発生について、相互に密接な客観的関連共同性を有するものであるから、民法七一九条(国家賠償法四条)に基づき、原告の蒙むった損害を各自連帯して賠償する責任がある。

(四)  損害額

原告は本件暴行により左記の損害を蒙った。

(1)  医療費 金二〇万円

但し、左の内金

1 入院雑費 三万六〇〇〇円

(一日一〇〇〇円として三六日分)

2 入・通院治療費 一五万円

(但し、昭和五五年一一月二二日より同五六年三月末日迄の分)

3 入院通院付添・交通費 一万四〇〇〇円

但し、入通院時における各種診察・精密検査のため原告ら親権者が営業を休み付添った実損害並びに原告らの通院交通費等を含む。

4 その他精密検査治療費

(2)  得べかりし逸失利益金 八九一万八三三一円

但し、左の内金

1 原告は本件受傷前において正常な右耳の聴力を有していたところ、本件事故による受傷により右耳の聴力は、人が原告の右耳に接して大声を発してもこれを右耳で解することができない程度に前記右耳の聴力を喪失するに至った。そして右耳聴力障害の程度は自賠法施行令第二条後遺障害別等級表に当てはめると第九級と第一〇級の中間に位する程度の障害と客観的に認められるので、その労動能力喪失率は約三一パーセントとみるのが相当であり、その逸失利益を現価計算した額は八九一万八三三一円となるものである。

2 すなわち、本件受傷前の昭和五五年賃金センサス一八才の産業計、企業規模計、学歴計の臨時給付を含む平均給与月額一一万四五〇〇円、年間収入一三七万四〇〇〇円を基礎とし、労働可能年数を一八才から六七才までとした場合本件受傷当時、一二才の男子のうべかりし利益の総額は新ホフマン式単利年金現価表(但し一二才の係数二〇・九三八)によると二八七六万八八一二円となり、その三一パーセントは八九一万八三三一円となる。

(3)  慰藉料 四五〇万円

但し、左の内金である(特記すべき事情も左の通り)。

1 入・通院慰藉料 五〇万円

前記第(二)項(1)乃至(4)記載の事実経過から右金額が相当である。

2 後遺症慰藉料 四〇〇万円

前記第(二)項(5)及び本第(四)項(2)各記載の通り、原告の右耳鳴及び右耳失聴による後遺症は、原告の長い生涯にわたる日常生活及び社会生活における精神的・肉体的損害は大きく、自賠法施行令第二条障害別等級表の労働能力喪失率約三一パーセントに相当するものであり、既に成年者として労働技能を就得し職業を有している成人の場合とことなり、職業上のハンディキャップは大きく今後の原告の学業・職業選択において不利益を受けることは明白である。

3 将来における右耳内耳等の手術費出損等の負担及び右手術跡が顔面に後遺症として残る事情

(4)  弁護士費用 五〇万円

原告は本事件の着手金として金五〇万円を支払済であり、また事件の報酬金として受けた利益の一〇パーセントを支払う約定をしているものである。

(五)  結論

よって、原告は被告らに対する前記第(三)項の不法行為債権に基づき、右損害金合計金額の内金として金一〇〇〇万円及びこれに対する本件各不法行為時以後である昭和五五年一二月一日以降民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及ぶ次第である。

四  請求原因に対する被告らの答弁

(被告市)

(一)  請求原因(一)項は認める。

(二)  同(二)の(1)のうち2以下の殴打の経緯に関する主張は争う。右経緯は以下のとおりである。

(1) 当日訴外人は、原告らのクラスのうち原告ら四名の者が自習を怠けていたことが明らかになったので、放課後右四名に対し職員室前でこの点につき種々訓戒を与えたが、原告らは、反省の色を示す様子が見られなかったことから訴外人は、右同人らに対する懲らしめのために体育館につれていき同所で同人らと相撲をとり一人一人その場に何度か投げ飛ばし右生徒らの息が弾む位にまで続けた。

(2) 右相撲が終わった後で右訴外人は、再度生徒らを諭した上で下校を命じたところ、内二名の生徒は先に体育館を出ていったが、その後に続いた原告と宇津崎とは談笑しながら出ていこうとしたので、反省の色がないとみた訴外人は、二人を呼び止めたが、同人らはそのまま靴脱ぎ場に出ていった。そこで同訴外人は、二人を追って靴脱ぎ場に出て行き、二メートル位の間隔のあった二人の中間でまず宇津崎に向い「今注意したばかりなのに何という態度か、何故笑ったか」と問いただしたが、同人は唯ニヤニヤしているだけで返事をしないので平手で同人の左頬に一回平手打ちを食らわせた。次いで後を振り向くと原告が何食わぬ顔で中腰になって靴をはきかけていたので、右足で後蹴りするようにして同人の尻腰の辺りを押しやるようにして蹴ると同人はよろけて片手と尻もちをついたが、すぐに立上った。そこで同様に「何がおかしいのか、何故笑ったのか」ということをくり返し問いただしたのであるが同人は無言のままで何の返事もしないので、宇津崎と同様に平手で同人の左頬を一回殴打した。その際同人は少し顔をそむけた程度で、別によろけることもなく、その後で二人は元気よく下校していったのである。

同(二)の(2)、(3)は不知。原告が一一月二一日保健室にいって投薬を受けた事実はあるが、吐き気、耳鳴等の症状について訴えたことはなく、当日は風邪気味だということと転宅したため夜眠られなかったということである。

同(二)の(4)については、原告が同月二二日市民病院で診察を受け、同日から同月二六日まで入院したこと、同月二七日から一二月二七日まで阪大病院に入院し治療を受けたことは認めるが、その余は不知。

同(二)の(5)のうち因果関係の存在を争い、その余の事実は不知。

(三)  同(三)、(四)の事実は争う。

(被告甲野らの答弁)

甲野が当日原告の左頬を平手で殴打したことは認めるが、右所為と原告の傷害との間に因果関係はなく、被告らに損害賠償責任はないものである。

五  被告市の主張

(一)  因果関係の不存在

原告の本件傷害の治療及び諸検査に当った小川、玉置両医師の供述によっても、原告の右耳の難聴の原因は不明であったことが一致して認められ、本件では、原告のいうように前記殴打行為が原因であるとの証拠は何らなく、これが因果関係があったものと断定することはできないというべきである。

又、本件原告の傷害が、何ら外力が加えられたという事実がないのに突発的に聴力障害が起るといういわゆる「原因不明の突発生難聴」に該当する可能性が大であることから考えても、偶々外力を加えられた事実があったとしても単純にこれと結びつけることは論理的に是認できるものではない。

更に、当時原告が感冒にかかっていたのであり、ウイルス性感冒によって聴力障害が起りうることは前記両医師の認めるところであるが、そうすると原告の本件難聴は、右感冒によって生じたものとも考えられ、前記殴打行為以外に他に原因となるものが何ら存在しなかったとは断定することができず、従って、その一方のみの殴打行為のみを原因行為として断定することは何ら合理的根拠のないことというべきである。

又、我々の日常生活経験からいっても、頬を殴打されただけで聴力障害を来たすということは稀であり、それがありうるとしてもその殆んど全ては、耳殻の直上を殴打され風圧によって鼓膜に裂傷穿孔を生じた場合のことであって単に頬を殴打されその側に何らの障害を来たしていないのに拘らず却て反対側の聴覚に障害を来たすというようなことは通例ありうべからざることであり、前記両医師もこのようなことは単に理論的にありうるというに止まり症例があったとか文献上その存在を了知しているというようなことはないのであって、これらによってもこのようなことは通例ありえないと解するのが相当であり、もし原告の方でこのことありと主張するためには、この点を積極的に明確に立証する必要があるというべきであるが本件においてこれが立証もなく、これらの事情によって考えると本件前記殴打行為と原告の傷害との間には何ら因果関係がないというべきである。

(二)  共同関連の不存在

訴外人と甲野の二つの殴打行為は、全く別の機会にそれぞれ独立的になされたものであるから両者の間には何らの連絡も存しないのでこの両者を一つのものとして共同不法行為とみなすことは許されないものである。

六  被告市の主張に対する原告の反論

(一)  因果関係について

(1)  突発性難聴の原因について

1 突発性難聴は、現代医学の診断基準上は一応原因不明の難聴症候群とされているが(厚生省特定突発性難聴診断基準参照)、将来医学上の診断技術が進歩すれば、症候群から独立した特定疾患となるべき性質の事例をも包摂しているものであって、単純に原因が全く判からない物を漫然と突発性難聴と呼称するものではない(小川雅規証言調書二三枚目、以下小川何枚と称する)。

2 突発性難聴の主たる原因として推測されるものを大別すると、① 内耳の血流障害とこれに伴う聴神経障害、② ウイルス感染、③ 打撃、音響等の外的刺激、④ 腫瘍等があげられる(玉置弘光証言一三枚表、甲第一六号証「臨床耳鼻咽喉科学2」(耳科編)五六一頁以下、打撃による内耳の損傷については甲一五、二〇号証の「臨床耳鼻咽喉科学書」下巻九六頁以下参照)。

(2)  原告森秀徳のいわゆる突発性難聴の原因並びにその誘因について

1 原告の右耳高度難聴の原因の一部については、阪大病院において各種検査・治療が行われた結果、少なくとも患者には先天性内耳疾患、腫瘍、ウイルス性疾患等が認められなかったことが知見されている

(甲一一号証の診療記録の各記載、小川・玉置両医師の各証言参照)。

2 以上の事実を前提にして、阪大病院で実施された各種検査・治療の方法・結果を注意深く検討すると、当該難聴の発病に至る当時における患者の肉体的・精神的容態(状況・条件)を知見する目的で問診を行うなど、状況証拠として本件突発性難聴が患者に自覚された前日並びに前々日の両日にわたり患者の左顔面・側額部付近を二回平手で殴打されたという客観的状況を相当に重視して、その際に受けた患者の肉体的・精神的打撃と極度のストレスによる内耳道付近の脳圧の昂進、内耳の血流障害、聴神経・内耳諸器官の障害、自律神経調節機能の変調・誘発等の検査・治療に力点が置かれていたこと明らかである。この事実は、甲一一号証診療録の記載事実(同六、七、九乃至一二頁、二〇乃至二五頁、二八、三七頁各記載の検査・治療の経過事実)、並びに小川証言(五、六、八乃至一五枚目参照)等からも明白である。

3 ただ、現代医学の診断技術の段階では本件突発性難聴の原因を一つに確証をもって特定しえなかったまでである(小川証言二一、二三、六枚目)。

このことは、右検査・治療の段階において発病の原因を厳格に医学上断定しえなかったとしても本件突発性難聴の有力な原因ないし「誘因」の手掛かりとして、患者が発病直前の一八時間余以内に左こめかみ付近から顔面付近にかけて左側頭部付近を、前々日の夕刻に引き続き二度に渡って平手で殴打された事実とこれにより惹起された患者の累積的な精神的・肉体的ストレス状態における自律神経調節機能障害ないしは内耳の血流障害の発生の高い蓋然性その検査と治療に当たっていた事実は明白である(小川証言一四、玉置証言一三、一七枚目、甲一一号証診療録七枚目)。

4 以上の事実は、例えば、前記診療録甲一一号証二四枚目の浸透(圧利尿剤グリセオール点滴後)のラシックス効果判定検査は、左側頭部殴打等による頭蓋内圧や内耳器官の血圧等を降下させるための検査であり、(同診療録二四枚目)、阪大で開発されたレニンアンギオテンシンなる酵素の静脈注射後の効果判定テストは、これまた内耳や内耳道近くの脳の出血や血圧を制御コントロールする治療方法であり(同二五枚、二八枚目)、また再三にわたるシェロング検査等は、被害者原告本人の自律神経調節機能の回復の度合いを検査するためのものである事実からも明らかである(同診療録九乃至一二枚目等)。

(3)  本係争事案における事実的因果関係の存在と立証の程度について

1 原告の右内耳には、阪大病院入院中の検査段階において、本件殴打行為によると思われる顕著な骨折等の外形的損傷は、コンピューターによるX線断層撮影方法等によっては知見されなかったのではあるが、内耳の骨折や内耳及び内耳道近くの脳や聴神経の損傷・出血、並びに血流傷害等の微細な症状は、前記CTスキャンでは充分判明しえない性質のものであって、原告本人の如く右内耳傷害(聴神経傷害)の度合いの強いものほどこれを医学上知見することが極めて困難であったことは小川医師の証言(九枚裏、一〇枚表、二七枚参照)事実のとおりである。

しかしながら、殴打による明瞭な頭部外傷性骨折がみられない場合でも、打撃の方向、部位、強度、不意打ちか、否か等、当時における被害者の精神的、肉体的諸条件・状況如何によっては、内耳器官の微細な損傷、血流障害、聴神経損傷が発生する極めて高度の蓋然性の存する場合には、科学的確証がなくても、高度の蓋然性の範囲内にある限り、経験則上事実的因果関係の存在を法律上合理的に推測することが許されるものである(玉置証言一三枚、一六枚末尾より一七枚目、一〇枚目裏から一一枚目、小川証言六枚目中ほど、九枚目裏、一〇枚目表、一三枚目より一五枚目表まで、二八枚目、参照。講座民事訴訟法第五巻・証拠「損害賠償訴訟における因果関係証明」賀集唱二〇三頁等、現代法学全集・不法行為・幾代通「事実的因果関係の立証」一一九頁、一一五、一一六頁等参照)。

2 内耳や内耳道近くの脳に骨折が認められなくても、打撃の強さ、方向によっては、前記の通りの微細な損傷が発生するほか、頸部殴打回転を伴う本件事案のような場合には、頭蓋腔内での回転に伴い、ボクシングのパンチや空手・拳法の打撃に似て、頭部(顔面)が頸椎を軸に左右に瞬間的に激しく回転し、その際右内耳側に急激な遠心力が作用し、右内耳の血流障害、右内耳震盪症を生じるほか更にかかる暴行による被害者の精神的・肉体的ストレスが加功しあったがゆえに本件右耳突発性難聴を誘発させたと経験則上高い蓋然性をもって判断することができるものである(この点についての医学上の知見については甲一五号証の臨床耳鼻咽喉科学書下巻九五頁乃至一〇二頁参照)。

3 これを本件係争事実について更に具体的に検討すれば、原告本人森秀徳の尋問の結果(同人の尋問調書五枚目から六枚目、七枚目から八枚目、以上は古賀の殴打について、一〇枚目から一一枚目まで、特に「叩かれた方向に顔をそむけた」旨の甲野の殴打について)、宇津崎証言の結果(三枚目、五枚目裏より七枚目まで特に「叩かれた方向に首が動きました」の部分)並びに訴外人、甲野両名と被害者本人との体格上の差異、腕力の強さ、打撃の方向その他の殴打行為の状況を総合的に勘案するとき、被害者森秀徳は加害者らに左側頭部から左こめかみないし左顔面付近にかけて斜上から斜下にかけて左右に激しく二回強打されたため、その瞬間同人の頸部が激しく左右に回転したほか、左こめかみから反対側の右側こめかみにかけて走るような激痛を覚えたことは、本件暴行の具体的行為の状況証拠から明白である。かくて、右行為の具体的状況下において校内暴力により被害者原告の肉体及び精神状態に畏怖による極度のストレスが来発され、これが前記殴打行為による物理的外力とあいまって加功し、右内耳の血流障害、聴神経損傷等CTスキャンでも判明しえなかった症状が昂進し、いわゆる本件突発性難聴を惹起せしめたことを(高度の蓋然性をもって)通常人が合理的に疑いをさしはさまない程度の高度の蓋然性の程度をもって総合的にこれを証明することができるものである。

4 もし医学上病因が一〇〇%確証されなければ、本件のような損害賠償責任における事実的因果関係が立証されないというのでは、この種の事案において被害者はほとんど救済をうけえなくなるものである。医学者である医師が自然科学者として唯一の病因であると確証しえない場合こそ、合理的な状況証拠をふまえて、全証拠を経験則に照して総合検討し、特定の結果を招来した原因関係を高度の蓋然性の程度をもって証明することが許されるものである。

(4)  複合的な事実的因果関係(原因複合の場合)について

被告は、本件殴打行為(甲事実)以外に(ウイルス性)感冒(乙事実)が本件発病の原因ではないかと反証し、そのいずれが原因であるのか判明しないときは本件の事実的因果関係が確定しえないかの如く主張するので以下、これに反論する。

1 本件被害者が発病当時、「ビールス性」感冒にはかかっていないことは、阪大病院におけるその後の検査で明白である。

2 阪大における「診断主訴」として、専ら被害者の診断に当った小川医師も一貫して「外傷性難聴」(Post-traumatic-deafness)か否かを問題としており(甲一一号証の診療録一五頁乃至一九頁参照)、伊丹市民病院においても病名をまず「頭部打撲の疑い」と第一次にあげて阪大病院に患者を紹介しているものである(被害者提出の乙第五号証の四の照会回答書、甲一一号証の三九枚目表紹介状)。

3 被害者のめまい、嘔吐、ふらつき、耳鳴、右耳難聴の症状が感冒による消化不良の疑のためとは発病の初期段階で内科医師が判明できなかったからこそ、その直後小児内科より耳鼻科に転送されたものであるから、診断書に「感冒による消化不良の疑」と記載されている事実だけをもって直ちに本件突発難聴の発病の結果と殴打行為並びにこれに付随する客観的状況証拠の事実的因果関係を終局的に否定することにはならない。

4 一歩譲って、被害者が二回の殴打行為を受けたころ、前記に詳細に述べた児童としての肉体的・精神的ストレスに(よる疲労に)より、いわゆる感冒(感冒の病因は医学上未だ解明されておらず、精神的・肉体的ストレスにより自律神経の調整機能が低下したとき誰でも生ずる症候群にすぎず、原因不明の症状の場合に漫然と感冒と呼称されがちであり、原告の場合も当初小児科医よりそのように軽く考えられたふしがあるが)の事実があったとしても、突発性難聴発生の原因が殴打行為の事実(甲)のほか感冒罹患の事実(乙)と「複合的」に存在する場合に該当し、甲の先行事実と乙の後行ないし併行事実が複合的に相互に加功・作用して本件突発難聴を誘発させた高度の蓋然性を前記行為の諸般の事情(状況証拠)から合理的に認めることができるものである。

5 問題となった二個の殴打行為が相互に相乗的に加功・作用して本件発病の原因となると全く同様に、更にこれに校内暴行によって誘発された被害者の極度の精神的・肉体的ストレスに(よる疲労に)より惹起された右感冒に類する患者の心身の不良状態が累積的に原因複合して加功・作用し、本件突発性難聴を発病させたものであることも右諸般の状況証拠を総合的に勘案すれば明らかである。

従って、仮に被告主張の感冒罹患の事実が存在したとしても、その事実は本件殴打行為等の諸事実に複合する「他原因」として結合し加功しあって作用して本件突発性難聴を誘発惹起させたものであるから、右感冒の事実は逆に本件の事実的因果関係の存在の立証を補強する状況証拠以外の何ものでもない(この意味で、原告は、前記の甲、乙いずれかの事実が本件発病の唯一の原因であることまで因果関係として立証する必要はない。もし甲事実が医学上一〇〇%の確証をもって本件発病の唯一の原因であることが科学的に確証されていれば、打撲性高度難聴として突発性難聴の症候群から除外され、そもそも本件の事実的因果関係の立証にあたり、損害賠償責任論として「高度の蓋然性の程度」に言及する必要が全くなくなるものである)。

6 このように、事実的因果関係について、複合原因が存すると認められる場合には、前記4、5の理由で事実的因果関係を立証できるのであるから、その場合の被告の反証は単に「感冒が原因かもしれない」と主張、立証するだけでは不充分であり、「本件殴打行為と全く無関係に発病したという感冒罹患の事実」が「専ら」本件発病の「他原因ではないか」と疑わしめる程度の反証でなければならない。

しかるに、被告の「感冒罹患」の事実の反証は、前記4、5の理由から本件発病の結果である事実的因果関係を補強する他原因複合の状況証拠として原告に有利に作用するものである。原告は、このような場合には、「感冒罹患の事実の不存在」を証明する必要はなく、本件突発性難聴発病の「複合・他原因」としてむしろこれが存在を援用・補強するものである(前記幾代一一五頁以下、一二二頁以下、同賀集二一三頁、二一五頁参照)。

(二)  責任原因(原因複合の場合)について

(1)  民法七一九条によれば、数人の者が共同の不法行為によって、第三者に損害を加えた時は、各自連帯してその損害の賠償責任を負い(同条第一項前段)、また共同行為者中のいずれの者が損害を加えたのかを知りえないときは、複数の行為者は同様に連帯してその損害を賠償しなければならない(同条一項後段)とされる。

そして共同不法行為が成立するためには、不法行為者のあいだに共謀や共同の認識のあることは必要ではなく、発生した結果に対し各人の行為が客観的に関連・共同してなされれば足りるとされている(最判昭和三二年三月二六日民集一一・三・五四三)。

(2)  とくに、同条一項後段の規定は、特定された数人の者の間に主観的な共同関係が存在しない場合にも、特定された数人のうち果たして誰の行為が当該結果を発生させたのか具体的に立証することが困難な場合に、被害者が賠償請求が出来なくなることを防止して被害者を保護するためであると解されている。

(3)  従って、この第一項後段の立法趣旨からすれば、特定された数人の行為者の発生した結果に対する関与の度合、責任の割合、与えた損害の程度を正確に特定する確証のない場合にも、その複数の特定人の行為が発生した結果との関係において複合的に相互に相関連し、共同して被害者に損害を加えたという客観的関連性が認められる限り、結果全体について共同不法行為者としての連帯責任を負うものと解するのが正当である(従って、数人の行為者間の責任の割合や賠償額の配分等を被告の主張のようにいちいち確証することを要しない)。

当該数人の行為(本件殴打行為)が、集積・複合して当該結果(傷害の発生・右耳難聴等の被害)を発生せしめた場合には、殴打行為の程度、責任の割合が必ずしも確定しえないものであっても、右殴打行為者両名は、本条第一項前段・並びに後段の趣旨に縦って、本条の共同不法行為者責任の適用をうけると解するのが相当である。

(4)  特定の複数人の行為が、客観的に「関連共同性」を有するか否かについての判断の基準については、「加害者各人の行為間に、結果の発生に対して、社会通念上全体として一個の行為と認められる」いわゆる弱い「関連共同性」があれば足り、必ずしも、同一の機会の意思の連絡をもって共同又は共謀する強い関連共同性を必須条件としないと解するのが相当である。

1 すなわち、「関連共同」の内容については、本件係争事案を含めて紛争類型との関連において事案ごとに具体化して個別的に検討すべき性質のものであり、それと同時に民法第七一九条一項後段の適用との関連についても積極的に考察すべきものと解せられる(この点に関しては「共同不法行為責任の基礎的考察」(二)能見善久・法学協会雑誌九四巻八号一二八頁、一三一乃至一三四頁、同一五一頁、一五三頁等参照)。

2 例えば、歩行者(A)が、甲の運転する自動車にひかれたあと、更に乙の運転する自動車にひかれて死亡した場合において、医学的に甲乙いずれの運転する自動車によるものか判定出来ない場合でも、右両名の行為は発生した結果(Aの死亡)については、客観的に関連し共同して被害者に損害を加えたものと社会通念上法律的に評価すべき類型の事件(新潟地裁長岡支部判昭和四六年一月二九日交通民集四巻一四九頁参照)。

3 また、例えば、甲の運転する自動車が被害者をひいて受傷させ、被害者が運びこまれた病院の医療過誤で同人を死亡させた類型事案(東京地裁判昭和四二年六月七日下民集一八巻六一六頁参照)が具体的に考えられる。

4 これらは、いずれも、本件係争事件を含めて、行為者間の関連共同性が弱い場合であるが、発生した結果に対する「複数行為相互間の時間的(間隔の)近接性」、「被害者の受傷の程度・態様」、ないしは「受傷の身体的部位の場所的同一性ないし近接性」、「行為の態様の同一性ないしは類似性」等を総合的に勘案して、当該複数行為が客観的に関連・共同して社会通念上一体として被害者に同一の損害を加えたものと社会通念上法律的に評価すべき性質のものである。もしこれを、単純に物理的偶然の競合行為とのみ評価して一律に民法七一九条一項(後段)の適用を認めないとすれば、損害発生につき複数人の行為が関与した前記各場合について、分割債権関係に関する民法四二七条を適用することになり、被害者の救済を極めて困難ならしめ、かえって前記民法七一九条の(一項後段)の立法趣旨に著しく反するものである。

5 これを本件係争事案について、検討すれば、当時中学一年生(二月生まれ)で体格その他肉体的条件が加害者らより著しく劣る児童であった原告本人が、同じ校内で在校時間中に、それもわずか一八時間余のあいだに、同校バレー部の指導教員にして日本拳法等の武道の有段者であった訴外人と同校男子バレー部の前衛アタッカーをしていた甲野に、側頭部を斜上から下にかけて平手で極めて強度に二度殴打されたという客観的状況下にあっては、右両行為に因り発生する結果(受傷)について、これを社会通念上関連共同性のある共同行為と評価して、民法七一九条を適用することは、同条一項後段の立法趣旨と共同不法行為責任の法理に何ら矛盾しないばかりか、かえってその立法趣旨によく合致するものである。

七  証拠《省略》

理由

一  請求原因(一)項は被告市との間に争いがなく、その余の被告ら間では弁論の全趣旨によってこれを認める。

二  事故の発生経過

《証拠省略》によると、

(一)  請求原因、(二)の(1)の1、2、3の事実を認めることができる(なお、当日原告ら四名の者が体罰を受けたのは、同人らが、訴外人が自習時間内に指示した課題を、生徒同士で喋っていて十分やっていなかったことの訓戒の趣旨であった)。

このように、原告及び右宇津崎が、前記体罰まで加え授業怠業について強い訓戒を与えたに拘らず、何ら反省の色が見られないと感じられたことから、訴外人は、前記のように宇津崎を殴打した後、後を見ると、原告がそのまま中腰で靴を履いて帰り仕度をしていたのを見てこれを止めさせるためいきなり同人の後から右足で原告の右横腰付近を強く足蹴りにした。そのため原告は、その場に前のめりの姿勢で転倒し、尻もちをついてしまった。そして、原告はすぐに自力で起き上ったが、その直後に訴外人から左こめかみから左耳左顔面付近を平手で上から下に叩き降すように一回強打された。

原告は、前記のように、訴外人から後からいきなり腰部を足蹴にされ転倒し起き上ったところを、何の準備もなく無抵抗な状態から突然左顔面付近を強打されたため、反対方向に倒れるように強い衝激を受け、その時、こめかみから耳にかけて針で刺すような激痛を感じた。更に同日その直後しゃがんだ時にも、又、翌朝登校直前にも同様の痛みを感じた。又、右殴打の跡は、耳から頬にかけて赤く手形として残っていた程であった。

そして、翌二〇日登校後昼休み廊下の手すり付近で、甲野が原告の左耳顔面付近(前日訴外人に殴打された付近)を右平手で一回強く殴打し、同人は顔を左にそむける程の痛みを感じたが、そのまま下校した。

そして、翌二一日右耳が耳鳴がして聞こえ難く、めまい、吐き気等の異常を感じたので二二日市民病院で診察を受けるに至り、同人は右耳の突発性難聴の傷害を蒙るに至った等の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

三  因果関係の存否について

原告は、本件原告に生じた傷害は、訴外人及び甲野の前記各殴打行為に基因するものである旨主張するのに対し、被告らはこれを争うので以下この点の当否を検討する。

(一)  《証拠省略》によると、本件においては、原告の傷害は突発性難聴と診断されているものの、これが診察に当った伊丹市民病院及び阪大病院においての各種検査、診察結果によっても右耳の内耳の諸器管等に外傷、出血等は見当らず、診察に当った小川、玉置両医師もいずれも右難聴の原因は断定できず、不明である旨明言しており、結局原告の本件右耳難聴の原因については医学的には確証が無いことが明らかであるし、被告市もこの点を捕えて、本件殴打行為と原告の右耳難聴との間には、因果関係が存するとの証明がなかった旨述べるものである。

しかしながら、訴訟上の証明の対象としての因果関係は、事実的(自然的)因果関係であると解されるところ、右証明の程度は、一点の疑義も許されない厳密な自然科学的確証に基いてなさるべき科学(医学)的証明と異り、「経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判断は、通常人が疑を差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつそれで足りるものである」(同旨最高裁判所第二小法廷昭和五四年一〇月二四日判決民集第二九巻九号(四一七頁参照)と解すべきであり、被告市のいうように特定の因果法則が見つかり、科学的確証が得られるならば、因果関係の存否の問題を論ずる余地がないのであり、これらが得られない時にこそ前記のような判断基準でこれが存否を確定する必要があるというべきである。

(二)  そこで、これを本件についてみるに、《証拠省略》によると、

(1)  原告の本件難聴はその原因が不明(不確定)であるとされるいわゆる突発性難聴と診断されるものであるが、この突発性難聴の原因としては、一般に、(イ) 内耳の血流障害とこれに伴う聴神経障害、(ロ) ウイルス感染、(ハ) 打撃等の何らかの外的刺激等が考えられ(玉置証言及び甲第一五号証参照)、これらによると、本件原告に加えられたような強い打撃もその一要因であることが明らかであり、又、右挙示の原因のうち、(イ)については、自律神経の障害に起因するものとされるが、この点に関する前記各(市民、阪大)病院における検査診断の結果によれば、原告にこの点につき特段異常が認められなかったし、又、(ロ)についても当時ウイルス感染の事実も認められず、原告には先天性内耳疾患、腫瘍等のその他の難聴の原因として考えられるような疾患が認められなかった。又、原告は当時一二才(中学一年生)であったが、従前健康状態は良好で、小学校も二回しか休学したことはなく、耳鼻科については勿論その他の特定の重大な病気で医者にかかったということもなく本件傷害の原因になるようなこれらの疾患は何ら存しなかったし、そのような点の遺伝的素因もなかったこと、本件のような傷害については、原告にとって全く初めての経験であったことが認められる。

(2)  そして、このように本件突発性難聴の原因として考えられるもののうち前記(イ)、(ロ)等の原因が認められないとすると、他には(ハ)の外的刺激のみがその要因として考慮されうるところであるが、前記阪大等で行われた検査、診断においては、右耳の鼓膜の穿孔、破裂或いは、耳小骨が外れるとか鼓室内に出血を生ずるとかの外観上明白な外傷の存在が認められないことから、小川、玉置両医師は前記殴打行為が本件難聴の原因行為であると医学的に確証をもって断定しえなかったものであるが、それにも拘らず本件においては、前記認定のような原告に加えられた殴打行為の方向、部位、強度、不意打ちであったこと等の事情によると、原告においては、聴神経或いはその奥に存する蝸牛管中の有毛細胞等の内耳器管に微細な損傷、血流障害が発生する可能性が強く、これによって椎骨の動脈血流が障害されて難聴を招来している可能性もあると考えられるところ、前記検査に用いられたコンピューターによるX線断層撮影(CT検査)では内耳の骨折や前記聴神経の損傷、耳小骨や有毛細胞等における血流障害等による微出血等の損傷についてのミリ単位以下の微細なものについては確認困難であり、又、血流障害のため聴神経に損傷を生じその機能が低下したような場合にもこれら検査では判明しえない性質のもの(内耳については、生体の病理組織を抽出しての検査の困難性もある)であって、(小川、玉置証言)従って、原告においては本件において加えられた打撃によって前記内耳の各器管のいずれかの部位に損傷を来たした強い可能性があるにも拘らず、前記各種諸検査によっては、その原因が判別困難だったというべきであること。

(3)  又、原告は、当日学校において教師から相撲で何度も投げ飛ばされた上、いきなり腰部を足蹴にされ更に左耳顔面付近を強打されたばかりか、翌日引続いて同級生三人に取り囲まれて右同様部位を強打される等の暴行を受けた結果、校内で起った一連のこれらの行為によって精神的、肉体的な極度のストレス状態にあったものと解され、これらストレス状態も前記外的衝激自体と相まって本件突発性難聴の誘発要因であったと考えられること。

等の事実を認めることができる。

(三)  そして、以上によれば、(1) 本件殴打行為等の外的刺激が本件突発性難聴の一要因たりうること、(2) 他に右要因として考えられうべき疾患が当時原告においては存在せず、他に右(1)以外にその原因行為として考え難いこと、(3) 更に、加害者らと原告本人の体格差異、腕力の強さ(訴外人は、拳法の有段者であった)打撃の方向その他の殴打行為の状況、(4) これら殴打行為の直後である二日後に直ちに本件傷害が発生していること等前記諸般の事情を総合勘案すれば、他に特段の反証がない本件においては、原告に生じた突発性難聴は、訴外人、甲野らの殴打行為によって惹起されたことを経験則上通常人が合理的疑をさし挾まない程度の高度の蓋然性をもって認定することができるものというべきである。

(四)  なお、被告市は、原告の本件傷害はウイルス性感冒による疑もある旨いうが、本件当時、原告にウイルス感染がなかったことは前認定のとおりであり、又、仮りに当時原告が感冒に罹患していたこともこれら難聴の一つの要因となっていたとしても前記認定事情からすれば、右感冒が殴打行為が原因であることの高度の蓋然性ありとの右認定を覆えす事情となりうるものともいえないというべきである。又、被告市は、左顔面を殴打したことによって反対側である右側部分に傷害が発生することは起りえない旨述べるところ、一般に、殴打によって殴打側に傷害が発生するのが通常であり、反対側に傷害が発生することは稀であると考えられるが、これらが起りうることは、原告の傷害について診断、治療に当った小川、玉置両医師が一致して認めるところであると共に、前記(二)、(三)項認定の諸事情によって考えれば、本件右耳の難聴は前記殴打行為によって惹起されたものと考えざるをえないことからしても、これら事由によって前記認定を左右することにはならないというべきである。

(五)  以上の次第であるから原告に生じた本件傷害は訴外人、甲野らの前記殴打行為によって惹起されたものとの原告主張を認めることができる。

三  被告らの責任について

(一)  《証拠省略》及び前記認定事実によると、原告の本件傷害は、訴外人及び甲野の殴打行為によって惹起されたものであることが認められるが、右両行為は、その打撃の部位、強度等はほぼ同様であり、しかも、僅か一日の近接した時間内に相接して行使せられており、その直後に発生した原告の本件傷害についていずれが決定的な原因かは本件において確定し難いのであるから両行為はいわゆる共同不法行為の関係にあるというべきである。

(二)  そして、前記認定によれば、訴外人がなした本件暴行は、同人が学校教育における懲罰行為の行使の過程でなされたものであり、従って、右所為は、国家賠償法一条にいう公権力の行使に当り、その職務執行の過程中においてなされたもので、職務行為と関連してこれと一体をなし、不可分の関係にあるものとみることができるから右暴行行為は、右訴外人が職務を行うにつきなした行為であるとみるのが相当であり、従って、被告市は、右同法一条一項の規定により、公共団体としての同市の教育職員である訴外人の右暴行により、原告の蒙った損害を賠償すべき義務がある。次に、被告甲野らは甲野の法定監督義務者として民法七一四条一項に基き原告の蒙った損害を賠償すべき義務がある。

(三)  前記(一)によると、被告市及び被告甲野らの各損害賠償義務はいわゆる不真正連帯関係に立つものであるから両者は右行為によって生じた原告の左記損害につき連帯して賠償すべき責任があるものというべきである。

四  損害

(一)  医療関係費 金一八万八七四四円

《証拠省略》によると請求原因第(四)項の(1)の1、3の金額及び入通院治療費金一三万八七四四円の計金一八万八七四四円の医療関係費の損害を認めることができる。

(二)  逸失利益 金三四五万二二五七円

《証拠省略》によると、原告は、本件受傷前は正常な右耳の聴力を有していたが、本件事故による受傷により、めまい、右耳鳴、右耳高度難聴の症状を呈し、同年一一月二二日から市民病院に入院し、同月二七日阪大病院に転院し、同年一二月二七日めまいが軽快したので同病院を退院し(入院期間三六日)、その後は通院治療中であり、その症状は同五六年一月頃ほぼ固定したものとみられるが、同人の現在の症状としては、耳鳴は依然として存し(自訴による)、前記強度難聴(純音聴力検査―オージオグラム―では一二五Hzでは、二五db、二五〇Hzでは二一〇db、五〇〇Hzでは三〇〇dbの聴力は認めるが、一〇〇〇Hz以上では反応が無い)は僅かに改善されたが、依然残存し、日常生活において右側方及び右後方音が聞え難く、その方向性の把捉が困難で学校での授業内容も聞き取り難いことがあり、勉強への集中力に欠け、将来の職種についてもこのままであれば、制約がある等の障害があることが認められる。

しかしながら、一方、本件傷害の部位である内耳等の各器管、神経等についていずれにも顕著な外傷が認められなかったこと前認定のとおりであり、更に、又、本件原告の突発性難聴は一般に感音性難聴の中では極めて稀な回復の可能な難聴であること、又、原告はその後普通高校に進学し、現に在学中であるが、その授業において、特に学校側に対し、右耳難聴の故に、座席等の配慮の要請をしたことはなく、通常の決められた座席に従って授業を受け、激しい動きの要求されるラグビー部に所属し、活発なクラブ活動を行う等、現在、日常、学校生活については、特に顕著な障害は認められないこと、又、本法廷における原告本人尋問(昭和五八年七月一一日)においても、原、被告両訴訟代理人の通常の位置からの尋問に対しても特段の障害もなく応答していたこと等の事情が認められ、これらによって考えれば、原告の難聴の度合は、原告主張のように右耳に接して大声を発しても全く解しえないものとまでいうことはできないことが認められるし、これらの事情に更に原告が事故当時一二才で、現に未就職生徒であって、将来の進路、職業、性格、身体的、精神的、発育状況等について不確定要素が多く、成人の給与所得者のように消極的損害を算定することが困難であることから、このような年少者についての将来の長期間にわたる逸失利益の算定については、前記既給与所得者のような場合に比し、より控え目な算定方法によるべきものと解すべきことも考えれば、原告の本件後遺症による労働能力喪失率は一二パーセント程度をもって相当と解すべきである。

そこで、本件後遺症による原告の逸失利益を計算すると金三四五万二二五七円となる(なお、受傷当時一二才の男子のうべかりし利益の総額が計金二八七六万八八一三円であること、その計算根拠は、請求原因(四)の(2)の2記載のとおりである)。

(三)  慰藉料 金一七〇万円

(1)  入通院慰藉料 金五〇万円

原告の本件受傷による入通院期間及その経過等の事実によれば、その間の慰藉料として金五〇万円をもってするのが相当である。

(2)  後遺症慰藉料 金一二〇万円

前記認定の各事実によって考えれば、本件後遺症による慰藉料は金一二〇万円をもってするのが相当である。

(四)  弁護士費用 金五〇万円

右認定事実によれば、弁護士費用として金五〇万円が相当である。

五  結論

以上の次第であるから、被告らは、原告に対し連帯して右損害賠償金計五八四万一〇〇一円及び不法行為の以降である同五五年一二月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべく、原告の本訴請求は、右の点で理由があるので、右の限度で認容することとし、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中田忠男)

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